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ハットトリック(、)は、日本出身の競走馬である。現在はアメリカ合衆国を中心に種牡馬として供用されている。おもな勝ち鞍に2005年の香港マイル、マイルチャンピオンシップがある。馬主のキャロットファームに重賞初制覇をもたらした。 馬名はサッカー用語で、1人の選手が1試合で3得点以上を挙げることを意味するハットトリックから来ている。 == 戦績 == 2004年5月8日、東京競馬の未勝利戦(芝1600m)で柴田善臣を背にデビューし、2馬身差で勝利。続く500万下条件戦の牡丹賞も勝ち、7月のラジオたんぱ賞(GIII、芝1800m)で重賞初挑戦。2番人気に推されたが、9着に大敗する。その後、夏場の休養と転厩をはさみ、鞍上も武豊に乗り代わって自己条件のナリタブライアンメモリアル(1000万下条件戦)を快勝、続く清水ステークス(1600万下条件戦)も勝って、オープン入りを果たす。 年が明けた2005年の京都金杯(GIII、芝1600m)で1番人気に応え重賞初制覇。続く東京新聞杯(GIII、芝1600m)も勝って重賞連覇を果たした。その後、マイラーズカップで9着と敗れると、安田記念、毎日王冠、天皇賞(秋)と掲示板にあがることも無く、苦戦を続けたが、名手オリビエ・ペリエを背にマイルチャンピオンシップを制覇、GIウィナーとなり、さらに冬の香港マイルでは大外から差し切り、海外GIを制した。そしてこのマイル戦4勝が評価され、同年のJRA賞最優秀短距離馬を受賞した。なお、馬名がサッカー用語のためサッカーボーイの産駒と勘違いされたのか、最優秀父内国産馬部門でも同馬への無効票2票が投票された。 2006年初戦は中山記念であったが12頭立ての11着と大敗を喫してしまう。そして2度目の海外遠征を行い、ドバイデューティーフリーに出走する。安田記念で敗れたアサクサデンエンには先着するが、それでも15頭立ての12着と完敗した。 さらに日本帰国後の安田記念では直線で躓く不利もあり、13着と大敗した。そして次の宝塚記念ではいつもより先行しての競馬を見せるが直線で伸びきれず7着に敗れた。さらに続く毎日王冠では12着、天皇賞(秋)では8着、マイルチャンピオンシップでも8着と敗れ、この年は一度も掲示板に載ることなく一年を終えた。 2007年、休養を挟んで出走したマイラーズカップでは直線で追い上げるも6着どまりだった。その後、安田記念を目指して調整を重ねていたが、アメリカのウォルマックファームなどの海外から種牡馬としてのオファーに馬主のキャロットファームが応じ、5月8日に現役引退を発表、米国と南半球を半年ごとに行き来するシャトル種牡馬として第2の生活がスタートすることになった。 通算で8勝を挙げたが、勝ったレース以外は全て掲示板を外しており、二桁着順も5回記録するなど極端な成績を残している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ハットトリック (競走馬)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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